尼子狂児が語り演じる


昭和49年、北海道在住の今井保之さんが書かれた「手書きの童話集」の中のひとつです。

イクサの絶えなかった時代の話、村人は年貢に苦しめられ、みかどの命令で寺の大仕事をさせられていた。やっとできた四王堂、そこには四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)がおかれた。その増長天に踏みつけられている邪鬼は、踏まれながら考えていた。「なんで おれはふまれていなければならないんだ みんなから 笑い者にされ はずかしめられて なぜ こうしていなければ・・・・・・・・」

ムン ムンと湿っぽい空気の流れる日、寺に雷が落ち火事になる。崩れ落ちる増長天の足の下から逃げ出すことができた邪鬼。逃げて 逃げて、人間に化けて町に出る。ヨロイにカブト手には長いヤリを持った大きな男に呼び止められ、サムライになり戦場へ。「敵」とはなにか邪鬼にはわからなかった。身体をひくくして隠れている邪鬼の耳に、田んぼを走り回る音・カタナのふれあう音が、ちかずいてくる。静かになった。そこでみたものは、人間が人間にカタナを振り上げている、敵とは人間だった。

「増長天に踏みつけられていたおれ、人間が人間をふみつけている」

「やめた・・・・・・・・おら     やめたぁ」

「やめた  おらサムライも  人間もやめた」

走った。     邪鬼は走った。

 現代に生きる人々が忘れてしまった、純粋な心と無垢な瞳をもちながらも人から忌み嫌われるものとして生まれた邪鬼。外の世界に憧れ自由を夢みる邪鬼を、自由の先にみた人の負の感情に苦悩する邪鬼を、尼子狂児が「語り演じる」。鬼気迫る語りの中に、演技をいれることにより、今までにない幻想的な空間へ、聞く者を観る者をいざないます。